ポンコツでも丁寧に暮らせますか?

丁寧な暮らしをまだ諦めない、ガサツでポンコツな母ちゃんの日記

20分の時間旅行

 

今年の春から地元の役所で会計年度任用職員として働かせて貰っている。


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(転職後、庭の人参で焼いたキャロットケーキ)

 

 

日々、忙しい職員に代わり、様々な雑務を任される。その一つが、保管年数を過ぎた文書の破棄。先日、保管用の段ボール3箱の中身をシュレッダーにかけるよう頼まれ、手が空いた時に地道に処理していた。実に地味な作業である。段ボールが残り1箱になった時、ようやく他の箱と様子が違う事に気づいた。明らかに他の箱よりくたびれていて、カビのような臭いがする。開けてみると、博物館にある資料のように黄ばんだ書類が出てきた。ボロボロの表紙には昭和46年人口動態調査票と書かれている。恐る恐る紐で綴られたその中身を開くと、その年に転入、転出、出生、死亡、結婚、離婚した方の名前や日付、人口統計が手書きで書かれていた。ボールペンではなく、万年筆のようなタッチ、その文字の綺麗さと、今では見かけないような名前の並びに時代を感じて、しばらく見入ってしまった。ハッとして、私は何かに突き動かされるように、他の文書もめくりはじめた。私は自分が生まれた昭和62年を探していた。しかし、残念、段ボールの中には昭和61年までの資料しか無かった。

 

個人的に、これらの資料をシュレッダーにかけるのには抵抗があったので、本当に破棄して良いのか上司に確認する。一番古い一冊を残して破棄するように、との事だった。「何だか、勿体無いですねぇ。」と呟くと、聞いていた職員が「その段ボールの中は何故か破棄を免れて残っていたですよね。理由は分からないけど。あ、その辺りの年代の古い資料なら少し向こうの棚に保管されてるからこれらは破棄して大丈夫。」

 

私は胸が高鳴った。迷わず、《向こうの棚》に向かった。扉を開くと、先ほど見た表紙と同じものが数冊だけ棚に残っていた。昭和62年。あった。

ドキドキしながらめくっていくと、《婚姻》のページの一番最初、『1月7日』と書かれた横に両親の名前があった。35年前のこの日、当時25歳の両親は婚姻届を提出していた。どんな気持ちだったのだろう。私は35年前に想いを馳せ、令和5年の役場の書庫にいる事を完全に忘れていた。《出生》のページまでいくと、『7月20日』、私が生まれていた。どこの誰が書いたのか分からない、その綺麗な文字で書かれた自分の名前を見て、ぐわぁーーーーっと胸が熱くなり、「あたし…誕生おめでとう!」と心で叫んだ。

 

ほんの20分の時間旅行。(働け)