ポンコツでも丁寧に暮らせますか?

丁寧な暮らしをまだ諦めない、ガサツでポンコツな母ちゃんの日記

ネズミ7匹

どういう訳か、6月に入ってから離婚の届け出用紙を取りに来る人が急に増えた。

 

ジューンブライドの6月ではないのかい?

もちろん、婚姻届の提出もあるのだけど。

 

手渡した離婚届がいつ提出されるのか、いや、提出されずに済んだら良いなぁなんて、ほんと身勝手な思いで過ごしていた。顔見知りも数名いたもので。

そもそも、彼(彼女)らは、幸せな結婚生活ではないから別れるのだ。

 

離婚は幸せの一歩なのだ。たぶん。

 

ねぎは、そこに心揺れること無く、流れを受け止め、ただただ粛々と仕事をするだけである。あー、役所っぽい。(補助の補助だけども。)

 

 

 

 

そんなことより、ネズミが捕まった。

ちなみに、子ネズミだ。

 

なんと、1週間の間に子ネズミが7匹捕まったのだ。


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(ネズミが主役の絵本って沢山ありますよね。我が家の本棚だけでもこれだけ。)

 

我が家は畑に囲まれた場所にあるもんで、でもって木造住宅なもんで、ネズミが入りやすい。なんなら、年中ネズミと同居していると言っても過言ではない。

 

生活に影響が無ければ、同居でも構わないのだけど、屋根裏では飽きたらず、我々の居住エリアに登場して食材に手を付け始められると、ねぎはハンターになる。

 

ホームセンターでネズミぺったんを仕入れ、仕掛け、仕留め、回収し、処分する。

 

出来れば、回収は夫にやって欲しい気持ちもあるのだけど、《罠を仕掛けるだけ》では、あまりにもネズミの命に無責任な気がして、しっかり掛かったネズミを見て、心を痛めながら処分する。

 

どうにか、仲良くやれないものか。

 

例えば、ねぎが彼らの食材を提供する代わりに、彼らがねぎの掃除を手伝ってくれたり、ゴキブリやアリなどの害虫対策をしてくれたり、子供の宿題見てくれたりしてくれたらwinwinの関係が築けるのだけど。

 

とは言っても、どうにもこうにも言葉が通じない為、こちらのそんな思いも伝わる訳もなく(言葉の問題か)、今日もねぎはぺったんを仕掛けるのである。

 

 

 

 

 

 

 

アルフォートしか勝たん。

 

 

少し気分を変えたくて、コンビニに駆け込んだ日曜日の昼下がり。

 

生理前で恐ろしい睡魔に見舞われながらも、ぜんっぜん休ませてくれない子供たちに嫌気が差し、娘が間違って持って帰ってきたお友達の算数ドリルを一人で届けに行く。倒れそうなほど眠い。だけど、帰宅したら、モンスター化している娘の宿題を見なければならない。あー静まりたまえ、荒ぶるモンスターよ。

 

この睡魔と精神状態では、帰宅と同時にモンスターにボコボコに殺られる。

そう感じたので、

「そうだ、盾(カフェラテ)と矛(アルフォート)が必要だ。」

これからの戦いに向けての(精神的)装備を得るために、最寄りの救護施設(コンビニ)に駆け込んだ。

 

 

 

 

ない。

 

アルフォート

ない。

 

思考停止でお菓子コーナーにたたずむ半目。

 

考えろ。考えるんだ。

チョコか?変わりにチョコで良い。

いや違う。ビスケットだ。

ビスコか?いや、チョコも欲しい。

きのこの山か。たけのこか?ポッキーか?

 

余りにも眠すぎて、何が正解かわからなくなる。

 

「すいません、アルフォート無いですか?」

 

お菓子の品出しを始めた若い女性店員に、戦意喪失した半目が声をかける。

 

「あー、そーですね。ちょっと無いみたいですね。」

 

もう、何度も確認したのに、お互いアルフォートはないと分かっているのに、2人でお菓子の棚を見つめる。しばし、沈黙。(起きてる?)

 

「やっぱり無いですよね~。でも、いつもはありますよね?アルフォートアルフォートっていつでもあるわけではないんですね~。そっか。」

 

 

「…アルフォートじゃなきゃ、ダメですか?」

 

 

 

 

 

それな。

こんなにチョコとビスケットを組み合わせたお菓子あるのにな。

自分でも、代案を一通り考えた。その結果、今、私が欲しているのはアルフォートなんだ。

 

「え、だってアルフォートは裏切らないじゃない?」

 

自分で言っときながら、(やかましいわっ!)って心で思った。

若い店員は肯定もせず、否定もせず、そうですか~とやや面倒くさがった。

 

ただでさえ、若い女の子にとっては30半ばの女性は気を遣う面倒な存在だろうに、睡魔で目が空いてないような状態のそれなんて、さぞ酷かっただろう。

 

 

結局、PB商品の安いチョコビスケットを買った。

妥協したと思いながら、目を覚まさせるために急いで頬張る。

 

 

え、すごく美味しいんだけど。

 

 

 

かましいわ。

 

 

 

くだらないブログをいつも読んでくれてありがとう。

 

 

 

85歳と黒糖と。

こんばんは。ねぎです。

 

花の金曜日、少しほっとした時間を過ごしたくてセブンイレブンのカフェラテとフィナンシェを買ったのに、食べることもなく21時半から7歳の娘と(私の)バトルが勃発し、こんなはずでは、と思っている夜です。22時を回って、仲直りしました。35歳、修行が足りない。

 


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(木曜日の朝ごはんに焼いたおからパウダー入りのVeganパンケーキ。黒糖の写真でもなければ、セブンイレブンで買ったものの写真でもないという。)

 

 

今日、仕事で85歳のご婦人の窓口対応をした。

「新築を建てたのに旦那さんが施設に入り、子供も居ない方なので一人で寂しいだろう。」と、彼女のことを知る同僚が話すのを背中で聞きながら、窓口へ向かった。

 

パソコン操作のいる手続きのため、パソコンの前に案内する。曲がった背中にゆっくりとした足取り、席に着くまで待ち、私は出来るだけ会話のテンポを合わせながらゆっくり大きめの声で説明を始めた。がしかし、全く伝わらない。

「ごめんなさい。歩いてきたからとても疲れてしまって。」とお疲れの様子。

私はハッとして、少し休まれてから説明しますね、と伝え、給湯室にある黒糖を渡して様子を伺った。

 

黒糖を食べて少し落ち着いたご婦人は、先ほどの私の説明通り、必要な物を揃えて待っていた。ご主人のマイナンバーカード。それが入っているケースには彼とのツーショット写真があった。同僚の言葉が頭をよぎる。

手続きの内容が高齢の方には難しく(マイナポイントの申請)、ご婦人は困ったような表情で聞いていた。「私、85歳なの。これは難しくて。キャッシュレスも使わないし、どうしよう。私ね、一人でこの先どうなるか不安。こないだの台風の後片付けも一人で本当に大変だったのよ。」

 

「いつかね、自分が徘徊するんじゃないかって不安なの。」

 

彼女の寂しさに胸が詰まりそうになった。

高齢の方が理解するのには難しすぎるこの手続きによって、彼女の先の人生の不安を強くしてしまった気がしてならなかった。

 

「何言ってるんですか!ここまで歩いてこれたのなら、この手続き私と一緒に出来たのなら、大丈夫ですよ!うん、大丈夫です!」

 

と、笑顔で見送ったものの、それは私の本音ではなかった。

 

何とも言えない寂しさが残り、そして今も彼女がどうしているか気になって仕方ない。

 

いちいち、そんな事に気持ちが引っ張られてはこの仕事には向かないのかもしれない。が、そんな事に気持ちが揺れる人であり続けたいと思う。

 

 

 

 

ジベル薔薇色粃糠疹(ジベルバライロヒコウシン)になった話。

台風一過で、快晴の沖縄です。

おはようございます、ねぎです。

 

誤魔化し誤魔化し過ごしてきたけれど、先週から胸の辺りに出来始めた赤い発疹が、次第に胴体の全面に拡がり、服で隠れる部分に、まんべんなく出てしまっている。5日前くらいから少し痒みも出てきて、肩、足の付け根、腰、背中が特に痒い。頭皮にも出来ているのか、頭もチクチクしてきた。

 

見た目は痛々しいが、服で隠れているので気づかれることもなく、生活に支障はあまり無かった。が、痒みが加わるとなると結構なストレス。

 

アロマイルや薬草のチンキで様子をみていたが、一向に引く気配がなく、やむ無く皮膚科を受診。口コミの良い皮膚科は噂通り激混み。待合室の椅子が辛うじて空いたので座って待つことが出来たけれど、既に1時間待っている。

 

余談、マイナンバーカードで初めて病院の受付をした。健康保険証の紐づけトラブルが相次いでいるらしいが、事前に紐づけが正確に行われているか確認していたため、不安は無かった。ポンコツにしては、ちゃんとしてる。というのも、仕事がマイナンバー担当なのだ。ポンコツがやってはいけない仕事な気がしてならない。

 

受付にある読み取り機器にカードを置いて、暗証番号や同意事項を確認するだけ。わずか5秒程度で受付が済んだ。ちょっと感動。(デジタル化には大きな不安はあるけど)

 

名前が呼ばれ、診察室に入ると、女性だと思っていたのに男性医師だった。症状を伝え、患部を見せると、「痒みはそんなにないね?長ったらしい名前のやつだね。」と、すぐに見当がついている様子で安心した。

「これは、ジベルバラ〇Φ▼×△■§°÷●ですね。」

 

思わず、「え?」と聞き返したが、二回目も聞き取れなかった。

あとで調べると、これっぽかった↓

ジベルバラ色粃糠疹 - 基礎知識(症状・原因・治療など) | MEDLEY(メドレー)

 

10代~30代に多く、胴体に赤い発疹が出る皮膚の炎症。原因はウイルスに対するアレルギー反応と言われているらしいが、はっきりと分かってはいないそう。自然治癒で治るらしいが、数か月かかる場合もあるそうなので、一応、ステロイド剤の軟膏と抗アレルギーの飲み薬を処方してもらった。服反応が気になるので、3日で止めようと思う。

 

診察終わりに、「頭皮にもブツブツ出ているのか、チクチクするんです。」

と言ったら、先生は私の頭を豪快にワシャワシヤかき回し、

 

「フケはあるけどブツブツは出てないね。」

 

乙女心にちょっと傷ついたので、石鹸ではなくシャンプー使おうと思う。

 

 

ハジチ(針突)を想う

こんにちは、ねぎです。

ここ近年、ずっと気になっていたんですよね、ハジチ

 

 

『成人儀礼』として、琉球の女性の手に施されてきた文身(ぶんしん、いれずみ)のこと。その歴史は貝塚時代まで遡るが、日本による廃藩置県をきっかけに政府から禁止令が出され、今では完全に無くなってしまった文化。

 

ねぎ自身、もちろんハジチを見たこと無いけれど、母方の曾祖母の手には立派なのがあったと最近知ったり、近年、若い人にハジチがフォーカスされて、企画展やネットの記事などで目にする機会が増えたことでハジチへの興味が増した。ハジチを復刻させようと活動する「ハジチャー」を名乗る彫り師も登場している。

 

ryukyushimpo.jp



ハジチについてはネットにも情報いろいろはあるものの、もう少しちゃんとした資料からハジチの事を知りたいと思い、少し前に、近所の歩く博物館(博物館の館長を長年されていた)こと、親戚のおじさんから本をお借りした。

この本は著者が数年に渡り、沖縄本島から離島まで(台湾もあったかな)、ハジチを施した数少ない貴重なオバー達から見聞きした話が記録されている。

1983年発刊当時でさえ、すでにハジチを見る機会は少なく、地元の方に聞き取りを行いながら、ハジチを施したご高齢の女性を訪ねていく様子が記されている。

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貴重な資料であることは間違いないけれど、私が一番知りたかった《本来の意味》という部分は、やはり謎だなぁという結論に至った。

 

ここに記されているのは、禁止令が出された時代に施されたもので、いわば晩年のハジチ。当時と、貝塚時代から続くそれ以前の時代とでは、たぶんハジチの意味するものが違う部分があるのではないか。何となく、そう思った。たかが、1冊本を読んだだけであれこれ分からんのだけど(しかも飛ばし読み)、だからこそ無性に惹かれるてしまう。

 

ハジチを施した理由はいろいろ書かれていたけれど、大和に連れていかれないため、という証言が多く記されていた。当時、沖縄は琉球王国。大和の人はハジチを嫌がると古い言い伝えがあったそう。


【身を守るため】に、相手に武力を使わせない知恵だったのかもしれない。私の勝手な想像だけども。

貝塚時代はお洒落でやってたのかな。

 

あと、【自らの文化を捨て、信じたはずの近代文明によって、この地は戦場となり、海は汚され続けている】、という感じの一文があり、深く唸ってしまった。

 

もうすぐ慰霊の日を迎える沖縄。

二度と戦場にされないために、出来ることやらないと。と、強く思った。



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20分の時間旅行

 

今年の春から地元の役所で会計年度任用職員として働かせて貰っている。


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(転職後、庭の人参で焼いたキャロットケーキ)

 

 

日々、忙しい職員に代わり、様々な雑務を任される。その一つが、保管年数を過ぎた文書の破棄。先日、保管用の段ボール3箱の中身をシュレッダーにかけるよう頼まれ、手が空いた時に地道に処理していた。実に地味な作業である。段ボールが残り1箱になった時、ようやく他の箱と様子が違う事に気づいた。明らかに他の箱よりくたびれていて、カビのような臭いがする。開けてみると、博物館にある資料のように黄ばんだ書類が出てきた。ボロボロの表紙には昭和46年人口動態調査票と書かれている。恐る恐る紐で綴られたその中身を開くと、その年に転入、転出、出生、死亡、結婚、離婚した方の名前や日付、人口統計が手書きで書かれていた。ボールペンではなく、万年筆のようなタッチ、その文字の綺麗さと、今では見かけないような名前の並びに時代を感じて、しばらく見入ってしまった。ハッとして、私は何かに突き動かされるように、他の文書もめくりはじめた。私は自分が生まれた昭和62年を探していた。しかし、残念、段ボールの中には昭和61年までの資料しか無かった。

 

個人的に、これらの資料をシュレッダーにかけるのには抵抗があったので、本当に破棄して良いのか上司に確認する。一番古い一冊を残して破棄するように、との事だった。「何だか、勿体無いですねぇ。」と呟くと、聞いていた職員が「その段ボールの中は何故か破棄を免れて残っていたですよね。理由は分からないけど。あ、その辺りの年代の古い資料なら少し向こうの棚に保管されてるからこれらは破棄して大丈夫。」

 

私は胸が高鳴った。迷わず、《向こうの棚》に向かった。扉を開くと、先ほど見た表紙と同じものが数冊だけ棚に残っていた。昭和62年。あった。

ドキドキしながらめくっていくと、《婚姻》のページの一番最初、『1月7日』と書かれた横に両親の名前があった。35年前のこの日、当時25歳の両親は婚姻届を提出していた。どんな気持ちだったのだろう。私は35年前に想いを馳せ、令和5年の役場の書庫にいる事を完全に忘れていた。《出生》のページまでいくと、『7月20日』、私が生まれていた。どこの誰が書いたのか分からない、その綺麗な文字で書かれた自分の名前を見て、ぐわぁーーーーっと胸が熱くなり、「あたし…誕生おめでとう!」と心で叫んだ。

 

ほんの20分の時間旅行。(働け)

 

 

私は私で頑張ってるのだ。



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さっき気づきたてホヤホヤの事なんですけど。

 

私、頑張ってます。そう、ねぎは頑張っているのだ。

 

あ、久しぶりのblogなのにちょっと暗くなりそう!笑

 

 

何かここ数日調子でなくて、色んな場面での自分の発言や態度が気になったり、沸点が下がって子供達とバトルが増えたり、私のポンコツ事象に対する夫からの指摘にもホトホト嫌気が差し(ポンコツだから仕方ないのに、仕方ないで済ませてくれない夫よ)、自己肯定感ダダ下がり。

 

夜中まで仕事してる夫や、お昼休みも取らずに仕事する上司、自分のために絶対に年休を取らない同僚、その他、頑張りに頑張ってる人が周りにいるため、次第に、「お前ももっと頑張れよ。」って気持ちが、じわりじわり自分の中に生まれていた。


どーしよーもねーなぁ自分。と思って、焚き火しながら夜空を仰いだら、

「おい、ねぎも頑張ってるんだよ!」って思って。(思ったのか、聞こえたのか)

 

ハッとした。

そうだ、ねぎはねぎで頑張っていたのだ。

 

 

頑張ってるかどうかは、人と比べる物ではないし、そもそも頑張ってないといけないなんて事は何一つない。それなのに、いつの間にか無意識に比べてしまう。皆そうだと思うのだけど。

 

 

そうだ、転職して新しい職場で頑張ってるんだ。人と話す機会が一気に増え、前回のblogに書いてあるように、職場の席はよく喋る元気に挟まれている。

 

kanaxx.com

 

それはそれで楽しさもあるのだけど、仕事もあまり出来ない立場で、お喋り相手になっていては正直、気が気ではないし(真面目なもんで)、窓口では人生に関わる大事な届け出(出生死亡結婚離婚等)を見るため、知っている人の知りたくない個人情報が一気に自分の中に入ってくるし、あまり心地よいとは言えない感情に揺れる日々。

 

また、田舎への移住の話がなかなか進まない焦りや、地域の子供会の班長の仕事や、毎日三食考えるストレスやなんやかんやで、《あー、一人になりたいわー…》と思うことが増えていたな。

 

《一人になりたい》と思うなんて、私にとってはキャパオーバーサインだ。

 

ポンコツなりに、これでも一生懸命頑張って生きてるんだ。

と、気づいたら、とてつもなく気持ちが軽くなって、あー、ねぎまだまだ可愛いーなーと思った。焚火の周りに飛んできた蛍に癒され、子供たちに素直に優しく出来た。

 

上出来の週末だ。